留学生、初めての銭湯でフーフー湯を冷ました…
留学生、アブさんは同じ大学の院生である。
研究科は違うが、学生食堂で顔を合わすうちに仲良くなった。
アブさんは、いつも一番奥のテーブルに一人で本を読んでいた。
物腰柔らかな表情、知性を感じる眼鏡、すらりと伸びた姿勢、Tシャツからみえる褐色の二の腕は引き締まっている。
全身から滲み出る均整のとれた美しさは、まるで修行僧のようだった。
アブさんが履いているランニングシューズは俺と同じだった。
俺も陸上をやっていたから分かるが、そのシューズを履く選手のセンス、力量、向き合う姿勢など、かなりレベルの高い選手であることは間違いない。
アブさんは物腰柔らかく、誠実だった。そして、日本語が上手だった。話す内容を聞くと、物凄く教養があり、頭の良い人物だと感じた。
半年で日本語を理解したらしい。
ケニア出身で、年齢は30歳。予想通り、ケニアにいるときは年代別の代表にも選出された長距離選手だった。
今も大学の周りを毎日走っている。
意気投合した俺たちは、一緒に走ったり、ご飯を食べたり、ドライブに連れて行った。
ある日、ランニングの後、アブさんが銭湯に行きたいと言い出した。
日本に来て、まだ行ったことがないから、どうしても行きたいらしい。
俺は快諾した。寧ろ俺の方が行きたくて、うずうずしていた感がある。
脱衣所で裸になり、ガラガラと入り口を開ける。
視線の先には広い湯舟の隅に3名の老人が固まっていた。
水風呂の脇にあるベンチには2人の中年男が休んでいた。
なぜ、こんな広いのに隅っこに固まっているのか。
不思議なことに、この老人たちは一言もしゃべっていない。顔見知りではないようだ。
3人とも恍惚な表情を浮かべ、満足気だった。
「おっおおお~」
一人の老人が感嘆の声を上げた。
アブさんが後ろからついてきた。
アブさんの美しい肉体をみると誰でも感嘆するだろう。
「おっおおお~」
今度は3人とも声を上げた。
アブさんの象の鼻のようにブラブラしている一物をみてのことだった。
これも誰でも声を上げるだろう。
「おっおおお~」
今度は、テノールとバリトンの混声が銭湯中に響き渡った。今度は全員、声を上げた。
湯舟に視線を移すと、アブさんが四つん這いになって湯舟をフーフーしていた。
「どうした!アブさん」
眼鏡でも落としたのかな。でも脱衣所で置いてきたしな。そう思いつつ声をかけた。
「アツイトキハ、フーフーシロッテ、オソワリマシタ」
アブさんは屈託のない笑顔で言い放った。