遅延でくたびれている人に音楽を…しかし、サックスの腕前が下手すぎた…
コロナ渦の中、地下鉄で人身事故が発生した。
しかも終電。
約1時間ほど遅延があるようだ。
私は、遅延はたまにあることから「またか?」という感じだった。
本やスマホで時間をつぶそうと考えていた。
しかし、ホームで待っている人たちは、いつも以上にくたびれている感じがした。
体育座りや胡坐で下を向いている者が多かった。
また、駅員に怒鳴りかかっていく者、怒りを喚き散らしている者、
椅子に座ってひたすら貧乏ゆすりをしている者。
すると今度は、「なんだ、こら!」「やんのか!こら!」
と怒号が聞こえた。
どうやら喧嘩がはじまったようだ。
普段ではみられない光景。
皆、イライラしている。
すると、どこからか楽器を持った3人の若者が現れた。
「皆さんを元気づけるために、やってきました!」
「私たちの音楽を聴いてください!」
眠気とイライラと切なさが混じったホームの空気が一変した。
おー!ありがとう!
拍手と歓声が響き渡った。
気分が高揚した。
最近、忘れていた感覚に
少しの間、酔いしれた。
パッパラッパ~
サックスが唸り上げる。
オー!
ホームで待っている人の目が輝く。
先ほどの陰鬱はどこに?
音楽って、これほど人々の気分を変えるんだ。
私は感心した。
パラッパッパー
すると、なにやら観客の様子がおかしい。
音楽もおかしい。
音程が合っていない。
3人組は大きく体をうねらせ、笑顔でサックスを吹いている
のだが…
素人の私でも「こいつら下手だな」
と分かった。
歓声は静まり、いつの間にか、前の状況に戻った。
人々は体育座りで下を向き、スマホをいじりはじめた。
雑音のような音楽は続いていった。
普通、このような状況では上手い者が来て、
音楽で勇気づけて称賛されるのがオチだが、
今回は違った。
人々の苛立ちは益々つのっていった。